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826 2020

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アムンゼンとスコットの話を少し

建設システム工学科 四蔵茂雄

今はなくなってしまったけれど、以前、低学年寮の朝の点呼時にB寮監の講話があった。私は山や自然が好きなので、講話になるかどうかはともかく、それに関連した話をよくしていた。寝起きの学生諸君には申し訳なかったけど、話はいつも3分以上していたと思う。最後に「これで終わります」と言うと、学生は「やっと終わったかぁ―」といった感じで、ダァーっと一目散に食堂から退出して行ったのを覚えている。朝は眠いし、やることもいっぱいある。大多数の学生には迷惑な話だったんだろう。でも中には耳を傾けてくれている学生もいたようで、ある日、雨の中を歩いている(他学科の)学生を車に乗せた時、「探検の話をする先生でしょ」と言われて、うれしく思ったことがあった。その当時、私が定番といってもいいほど取り上げていたのが、“マロリー”や“アムンゼン”や“植村直己”の話だった。

もう私の話を覚えている人もいないだろうし、それに、原稿依頼を受けて相談室の過去のブログを拝見してみると、何を書いてもよさそうに思える。そこで、勝手ながら今日はアムンゼンとスコットの話を少ししてみたいと思う。

アムンゼンとスコットの話は、皆さんも聞いたことがあるに違いない。私が小学生の時(50年以上も昔だ)には、国語の教科書(or副読本?)にも載っていたと記憶している。1900年代初頭、南極点は未踏であったが、その一番乗りを目指した物語である。勝者はアムンゼンであるが、どちらかというと日本ではスコットの方の知名度が高いかもしれない。記憶もだいぶあやふやになっているけど、確か教科書では敗者であるスコットが主人公として記述されていたように思う。スコット隊が極点に到達した時、そこには既にアムンゼンが立てたノルウェー国旗がはためいていた。スコット隊は初到達者になれなかった絶望感の中、生還に向けてまた長い道のりを戻ることになるが、最後は力尽きて全員遭難死する。後年、大人になってから得た知識から推測するのだけど、遭難死に至るまでのスコットの奮闘、あきらめない心、統率力、そして何より散り際の人間としての立派さに気づいてほしいという意図が、その物語には込められていたのではないかと思う。

一方、勝者のアムンゼンである。日本ではスコットほど知名度は高くはないかもしれないが、アムンゼンの成し遂げたことは、世界の探検史上に燦然(さんぜん)と輝く快挙に違いない。アムンゼンは初め北極点を目指すのだが、北極点がピアリーによって到達されたという知らせを受けると、急遽目標を南極に変更する。そして、結果的にイギリス・スコット隊を出し抜くかたちで初到達の栄誉を勝ち取るのである。アムンゼン隊がなぜ初到達できたのかという分析は、当時からなされているが、現代に生きる我々にとってもなかなか興味深いものがある。成功の要因は数多く挙げられているが、私なりに要約すると、“相手を良く知り”、“脇目もふらず”、“余裕を持って”行動したってことになるだろうか。ブログにメッセージを込めるのはどうかとは思うが、この辺りが私たちに対する教訓になりそうだ。他者に何と言われようと、目標を定めたらそれに向かって一直線に進む。これが重要なのだろう。

今日、南極点到達から100年以上が経過した。ヒラリーのエベレスト初登頂からでも70年が経過しようとしている。地球に残された新たな地平はもうないが、若者の探検欲、挑戦欲を満たす対象がない訳ではない。人それぞれにきっとあるハズだ。「あなたにとって一直線に進むべき目標は何ですか?」と問われた時、「何々です」とキリっと答えることができる人。幸せだし頼もしいし実に羨ましいと思う。

最後に、私のこの文を読んでちょっと興味が湧いた人は、ネットでいろいろ調べてください。たくさん情報があります。本文では省略しましたが、アムンゼンのとったタクティクスは非常に面白いです。また、この寄稿では触れませんでしたが、エベレストの一番乗り、マロリーの話も実にワクワクします。山と探検の話は四蔵研まで。それではまたお会いしましょう。読んでくれてありがとう。

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